この岸壁と同じように人の記憶も時間とともに削り取られ、感情は薄まっていきます。仕事に手がつかないほど思い詰めていたようなことが、月日が経つとどうでもよく感じることが多いものです。だからこそ、一時的な感情の高まりに流されず、時間をおいて冷静になってから向き合うことで、より適切な判断ができるのだろうと思います。 写真の場所は熊野の鬼ヶ城。波による侵食と地震による隆起、風化によって形成された大岩壁です。 荒々しい道は油断すると崖下の海に吸い込まれそうな恐怖感があり、巨大な岩肌の模様は、まるで生命の体内に飲み込まれたかのような感覚を抱かせます。その景観は「鬼」という字にふさわしい、圧倒的な存在感を放っていました。

風化

魚を見つめる鳥たち。この一定の距離感が静かな闘争心を感じさせます。

虎視眈々

飛行機のフライト中に提供してくれる紙コップに注がれた飲み物には特別な意味が込められているように感じます。 不安定な空の上で、揺れるとこぼれそうな紙コップを使うことが「空の旅は安定しているので、快適にお過ごしください」というメッセージのようです。 揺れる機内でも変わらず落ち着いた対応をする乗務員の姿勢が、そのメッセージをさらに裏付けています。紙コップから伝わる自信と、プロフェッショナルな対応が、空の旅に安心感を与えてくれているのだと思います。

機内サービス

雪道を一人ぽつんと歩いている時に、誰かの足跡を見つけると不安と寂しさが和らぎます。 滑りにくい場所を教えてくれる足跡、途中でお別れする足跡、犬と散歩している足跡、誰が残した足跡かは分からないですが、間接的なコミュニケーションを楽しみながら歩き続けました。

DEATH STRANDING

年末はいつの間にか眠りに落ち、目が覚めたときにはもう2025年の朝でした。 窓の外を覗くと、見たことのない量の雪がしんしんと降り積もっていました。 早めに動かなければと急ぎ朝食を済ませ、駅へ向かうと、すでに全線運休とアナウンスされていました。 復旧の見込みは立たないとのこと。 バスに希望を託しバスターミナルへ向かおうとしたその時、ふいに若い女性に声をかけられました。 「新青森駅までタクシーを乗り合いませんか？」 目的地は青森駅でしたが、新青森駅からなら電車でわずか6分。新青森駅まで行けば何とかなりそうだと思い、その提案に乗ることにしました。 運転手のおじさんは物知りな方で、話の引き出しがとても多い。一方、若い女性は大学生で、人当たりが良く誰とでも自然に打ち解けられそうな人でした。そんな2人と交わす会話は楽しく、駅までの時間があっという間に感じるほど盛り上がりました。 新青森駅からは私は在来線へ、彼女は新幹線へ、そこでお別れとなりました。 新青森駅-青森駅区間は幸いにも電車が運行しており、すぐに乗り換えることができました。 年明け早々の予想外のトラブル。しかし、雪が織りなしたひとときの出会いが、厳しい冬の朝を温かな思い出へと変えてくれました。

2025年・元旦

冬の漁港を見たいと思い、西津軽の北金ヶ沢を訪れました。 連日の大雪が嘘のように、この日は冬らしい澄み切った快晴。 足の向くままに歩いていると、小さな神社が目に留まりました。 境内には深々と雪が積もり、人が通った気配はありません。躊躇しつつもお参りをすることにしました。 本殿は閉まっていたので、手を合わせるだけの簡単な参拝です。 鳥居をくぐり外に出た瞬間、背後で神社の屋根から先ほど手を合わせていた場所に雪が大量に落ち、風が吹き抜けました。 その場所を離れるまで守ってくれたようにも、何か無礼なことで怒られているようにも感じ取れ、不思議な体験でした。 その後少し歩いたところで、雪を滑り台にして遊ぶ一家と出会いました。 旅先で写真を撮っている話をすると、ご主人に「ぜひ見て欲しいものがある」と言われ、連れて行かれたのはなんと先ほどの神社。 閉まっていた本殿を開けてもらうと、そこには江戸時代の船絵馬が飾られていました。 この辺りは江戸時代に関西や北海道を結ぶ海運の要所となっていたそうで、安全な航海と豊漁を祈願して船絵馬が描かれました。 力強く、そして誇らしく描かれた船の姿。その絵馬からは、当時の人々の願いが今もなお静かに語りかけてくるようです。 実は本殿は自由に見学してもいい場所だそうですが、そのことに気づかずにいた私を、神様が本殿へと導いてくれたのでしょう。 そして、屋根から大量に雪が落ちたのは、「ここにはまだ見せたいものがあるのだ」と振り向かせたかったのかもしれません。

神様が見せたかったもの

夏に撮ったフィルムが現像され、手元に戻ってきました。 来年に届くと思っていたので、年内に仕上げてくれたことが嬉しく感じます。 年末にその年に撮影した写真を振り返るたびに、こんなにも美しい瞬間がもう二度と訪れないのではないかと思うことがあります。 それでも不思議なことに、翌年になると新しい光景が目の前に現れ、心を揺さぶる瞬間に出会えるのです。 だからこそ写真を撮り続けたいと思うのでしょう。そして、そんな新しい景色や気づきをもたらしてくれる世界に心から感謝しています。

帰ってきた夏

毎年、黄金色の美しい紅葉で魅了してくれる近所のいちょうの木。今年もその枝いっぱいに美しい葉を纏い、見事な姿を見せてくれています。 近くで遊ぶ子どもたちを、まるで優しく見守るような佇まいです。いちょうの木の穏やかで暖かな存在感が、この何気ない日常の風景を特別な空間へと変えているように感じられます。

いつまでも覚えている景色

冬の人々の暮らしを見たいです

冬の到来

来年のことを考える季節がやってきました。 ここ数年、具体的な目標を立てるのではなく、あえて今まで選ばなかった道を選ぶ、という一つの指針だけを心に決めています。 これまでの価値観に基づいて選択を続ければ、得られる結果はきっと大きく変わらないでしょう。でも、自分の感覚とは逆の選択肢を手に取ったとき、そこには新しい景色が広がっているかもしれない、そんな期待があるからです。 それによって失敗してもいくらでも修正はできます。 もちろん、明らかに悪い選択肢には飛びつきませんが、未知の選択肢は掴んでいきたいです。 漫画「宇宙兄弟」のシャロンの言葉で「迷ったときはね、どっちが正しいかなんて考えちゃダメ。どっちが楽しいかで決めなさい（要約）」というものがあります。何かを決めるときには、この場面を思い浮かべるようにしています。

楽しむ気持ち

俵 万智さんの「未来のサイズ」に「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく その連続と思う子育て」という短歌があります。 子育ての中で初めての瞬間は覚えていても、最後の瞬間はふと過ぎているもの。無数の終わりの瞬間は子どもの成長の証ではありますが、その分過ぎ去る貴重な時間を惜しく思う気持ちが一文に込められているように感じます。 こうした「知らぬ間に終わる最後」に焦点を当てた広告も話題になりました。花王のメリットの広告で「最終回は、気づかないうちに終わっていく」というキャッチフレーズが共感を呼びます。ある日、子どもが「今日から自分でシャンプーする」と言った時、親は初めて昨日が“頭を洗ってあげる”最後の日だったと気づくのです。気づかぬうちに過ぎていた小さな“最終回”に多くの共感の声が挙がっていました。 どちらも子育てに焦点を当てていますが、人生にも通じるでしょう。また会おうと思っていた人、また来ようと思っていた場所は、実はもう最後だったかもしれません。でも、その一つ一つを最後かもしれないと考えるのは疲れてしまうので、振り返った時に「あの日が最後だったけどいい思い出だ」と思えるように過ごしたいですね。 帰り道にたまに寄るたこ焼き屋。おばあちゃん2人が営む一畳ほどの小さなお店は、4個100円、8個200円と昔ながらの価格設定で、学校帰りの小学生や親子連れで賑っています。決して大きくはないタコのかけらが入っていて、どこか懐かしさを感じるその味は大人でも食べたくなります。 ところが先日立ち寄ったところ、年末年始に高齢のため閉店するという張り紙が。最終日は決まってないようで、年末あたりから材料がなくなり次第閉店と書かれていました。あと何回ここのたこ焼きを食べるのか、次が最後になるかもしれないし、あるいは今日買って帰ったたこ焼きが最後かもしれない。最終日が決まっていないたこ焼き屋、気づいた時にはその日が過ぎてしまうかもしれないですが、あの懐かしい味と小さなお店は忘れないようにしたいです。

最後の日

宇都宮の最終日。横丁にある居酒屋に入りました。 8席ほどのコの字型のカウンター席があり、女将さんがその小さな空間を一人で切り盛りしているお店でした。店内には折り紙で作られた可愛らしい飾りや、琉球ガラスのような綺麗なコップ、栃木で採掘された石を使ったコースター、そして美しい柄の暖簾が厨房を仕切り、香り付きのおしぼりがさりげなく用意されていました。女性ならではの細やかな配慮が随所に感じられ、温かみが溢れる空間でした。 女将さんを中心としたコの字型のカウンターは自然とお客さん同士の会話を生み出していました。そんな雰囲気の中で家庭料理と地酒がさらに美味しく感じられ、軽く飲んで帰るつもりが気がつけば深夜2時。宿に戻る頃には、日付がすっかり変わっていました。 長居してしまったのは、途中で入ってきた常連さんとたまたま訪れた日本酒好きの若い旅行者と意気投合したからです。 旅行者は若いのに日本酒を目的に旅をするほどの熱心な愛好者で、そんな彼に女将さんも常連さんも嬉しそうに話しかけ、日本酒の話題で盛り上がっていました。3人の楽しそうな会話を聞きながら、私も自然とその和やかな雰囲気に引き込まれ、楽しい時間を過ごしました。 常連さんや女将さんからもたくさんのサービスをいただき思った以上に飲んだのに、支払った金額は驚くほど少なかったです。「安すぎません？」と聞くと、「楽しいからいいよ」と言ってくれていた記憶があるような、ないような。 漠然と楽しかった記憶は残っているものの、店内の折り紙やコップといった細かい記憶は、スマホで撮った写真を見返して思い出しました。忘れかけていた記憶を蘇らせてくれるのは、やはり写真の力なのだとお酒が教えてくれました。

宇都宮の横丁

美しく精巧な屋台の彫刻。思わず足を止めて見惚れてしまいます。 特に手毬のような彫刻は中が空洞になっており、寸分狂えば折れてしまいそうなほどの綿密さ。 これほどの精度で掘り上げる技術は、まさに職人の魂が宿ったものであり、その見事さにはただただ感服するばかりです。

彫刻

真夏の厳しい暑さも、ようやく和らいできた気がしますが、もしかすると、ただ私の体がその暑さに馴染んでしまっただけかもしれません。 それでも、ふとした瞬間に秋の気配を感じることが増えてきました。秋の穏やかな気候が早く訪れてほしいものです。 サンマを塩焼き、刺身、天ぷらで食べたい。

残火

今年のお盆は九州へ。 久留米のお祭りの撮影を終え、次の目的地の中継地点として安い宿に泊まりました。 部屋で写真の整理をしていると、外から太鼓の音が響いてきました。 外に出るとなんと宿のすぐ隣で盆踊りが始まろうとしていました。 地元の掲示板にだけ告知され、ネットには載ることがないであろう、小さな、でも懐かしさを感じる盆踊りです。 隣の宿に泊まっていることや旅行で来ていることを伝えると歓迎してくれ、かき氷やお酒を振る舞ってくれました。 盆踊りの最後にはくじ引き大会が行われます。 全く当たる気配がなく、最後の目玉の景品は5kgもの米。 もし当たったらこの先の旅で米袋を抱えて歩くことになるかもしれない、そんな心配をしていたものの、生まれ持ったくじ運の悪さが幸いして、米を手にすることはありませんでした。 くじ引きが終わると、地域の人々は家族と共に家路につき、私はひとり宿へと戻りました。 静かな夜、盆踊りの余韻とともに、この小さな行事の懐かしさが胸に染み入りました。

お盆の旅

志摩半島の鵜方駅へ。 駅前の古びたホテルでチェックインを済ませ部屋に荷物を置くと、和具漁港行きのバスに乗り込みました。 漁港に着くと、屋台が並び、祭りの準備が進んでいました。 祭りの関係者に翌日の予定を伺いながら、港の様子をしばし散策することにしました。 海では飛び込んで泳いでいる高校生、港では小学生が何かを捕まえようと海面に手を伸ばしていました。 ここでは海が生活の一部として息づいているようです。 翌日の和具漁港では潮かけ祭りが開催され、地元の人々が漁船に乗り込み、海水を激しくかけ合います。 祭りが終わった後も、地元の子どもたちは海に飛び込んで遊び続けていました。 一緒に飛ぼうと誘われましたが、バスに乗れなくなると言って断りました。 半分は本当で、半分は泳げるか不安でした。 上尾市のどろいんきょへ。私が祭りを撮影するきっかけとなった祭りです。 昨年はニュースになるほどの猛暑日でしたが、今年は雨のち曇りで夕方には少し肌寒さを感じました。 一年ぶりに会う祭りの参加者たち。話しかけるとみなさん覚えてくれていました。 昨年、個別に撮影させていただいた方々が、今年は家族や親戚、恋人を紹介してくれて、一緒に撮影させてもらいました。 祭りの珍しさや迫力もさることながら、地元の人々の温かさと関係性の良さが伝わってくるのですが、 今年はそれをより一層近くで感じることができました。 昨年は「来年も来てよ」と言われましたが、今年は「来年は参加して」と言われました。 重い神輿を担げるように体を鍛えておきます。

2024年7月

夜行

命の危険さえ感じるほどの夏の暑さは早く去って欲しいですが、暑さが和らぐ10月が訪れると年末がちらつきます。 そして、暑さで忘れていた今年の計画や目標を思い出し焦り始めます。 暑さに文句を言うばかりでなく時間を有効に使いたいものの、30度台後半の予報を見るとやはり難しいかもしれません。

Note

風化